【ワイタンギデー】はニュージーランドでどんな意味のある日?
2月6日はニュージーランドの祝日、ワイタンギデー(Waitangi Day)。
ワイタンギデーはニュージーランド独自の祝日で、歴史上とても重要な日です。
そこでこの記事では、次の内容をご紹介します。
- ワイタンギデーってどんな日?
- ワイタンギデーについて現在も残る問題とは?
ぜひワイタンギデーについて理解を深めてくださいね。
ワイタンギデーは何があった日?
ニュージーランド国民の祝日である、2月6日のワイタンギデーはどういう日なのでしょうか?
1840年2月6日に、ニュージーランドの先住民マオリの人々と英国政府との間で、ワイタンギ条約が結ばれた日
ワイタンギという町は、下の地図に示した北島の丸の部分です。
人口約500万人のニュージーランドに、先住民であるマオリ系の人々は現在約15%いるといわれています。
マオリの人々がどこからニュージーランドの地にやってきたのか、いまだにはっきりとわかっていません。
わかっているのは約1,000年ほど前に、カヌーに乗ってはるばる海を渡ってきたということです。
彼らはニュージーランドを
アオテアロア(白い雲がたなびく場所)
と名付けました。
その後600年から700年がたち、ヨーロッパ人が入植してきます。
当時は、まだまだマオリの人口の方が多い状態でした。
しかし、英語とマオリ語の言語の違いにより、コミュニケーションは満足に行われなかったようです。
そのため、マオリの人々とヨーロッパ人の関係はよいものではありませんでした。
そして、1830年代になるとヨーロッパ人の間でニュージーランドを植民地にしようという関心が高まってきます。
それとともに、入植者による土地の買い占めが行われるようになってきたので、不安になったマオリの人々は英国にマオリの人々を保護してくれるように頼みました。
これがきっかけで英国はニュージーランドの法を整え、両民族間の条約を作ることになったのです。
この条約こそが「ワイタンギ条約」。
1840年2月6日、マオリの人々と英国政府との間で、ワイタンギの町にて条約が結ばれたんです。
では続いて、条約の具体的な内容をご紹介します。
ワイタンギ条約の内容
ワイタンギ条約は前文と3ヵ条から成り立っています。
条約の内容を簡単にいうと次のようになります。
ニュージーランドは、英国の植民地になる。
代わりにマオリの人々を英国政府が守り保護することを約束し、英国国民と同等の権利と特権を与える。
ワイタンギ条約の問題点
このワイタンギ条約、実は現在でも問題になっているんです。
その理由は、条約はとても複雑な言葉で書かれ、英語からマオリ語に訳された際に、正しく伝わっていない箇所が多かった。
そのため英国側とマオリ側で、解釈が異なってしまった点が多いからです。
特に土地の売却に関して訳のあいまいさがあったようで、この条約のもとにマオリの人々の土地を政府が不法に取り上げた、ということが大きな歴史的問題点です。
これはマオリの人々と白人の関係に溝を作った、ひとつの大きな理由になっています。
まとめ
ワイタンギデーは先住民マオリの人々と、英国政府との間で条約が結ばれた、ニュージーランドの歴史上とても重要な日。
しかし、ワイタンギ条約の複雑な内容によって、現在でも白人とマオリの人々の間で問題を起こしているのは残念です。
今後どのように改善されていくのか、ニュースなどあればまた記事にしたいと思います。
